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black_majician 2023年11月13日(月) 23:42:08履歴
ローマ帝国 Empire of Roma ラテン語 ギリシャ語 | |
国の標語: | |
国歌: | |
| 公用語 | ギリシャ語、トルコ語、ラテン語 |
| 首都 | コンスタンティノープル |
| 最大の都市 | コンスタンティノープル |
政府 | |
| 皇帝 | アレクシウス9世 |
| 王朝 | コムネノス家 |
| 行政府 | |
| 首相 | ヨハネス・デオクレシス |
| 立法府 | 帝国議会(パラミントゥウム) |
| 上院議長 | イルハン・ホジャ |
| 下院議長 | アリア・ヌラメシス |
| 司法府 | |
| 最高裁判所所長 | アンドレアス・バキウス |
面積 | |
| 面積 | 912,533㎢ |
| 水面積率 | % |
人口 | |
| 人口 | 9592万人 |
| 人口密度 | 人/㎢ |
概要 | |
| 通貨 | ヒュペルピュロン、ドラクマ |
| 国家体制 | 立憲君主制 |
1453年、オスマン帝国の侵攻を奇跡的に退けたローマ帝国は以降列強各国の保護下にありながらも存続することとなる。1699年、大トルコ戦争に勝利しオスマン帝国からトラキアとテッサリアを奪還。1713年、パレオロゴス朝断絶により婚姻先であったトレビゾンド帝国皇帝アレクシオス5世が皇帝として即位、現在に続く第二次コムネノス朝が始まる。墺土戦争ではオーストリア側に参戦し、マケドニア一帯を獲得する。
18世紀には、皇帝コンスタンティノス15世による行政改革(メガリ・メタリスミシ)により、啓蒙専制君主の時代を乗り越える。近代に入るとオスマン帝国と対抗するためにロシアと結び、1774年の第一次露土戦争ではマケドニアを、1792年の第二次露土戦争ではクレタ島を含むエーゲ海諸島を獲得する。一方、国内ではやがて産業革命の波がギリシアにも押し寄せると、産業面、軍事面、政治面の各種で近代化の動きが進展する。特にバシレイオス4世の時代には帝国議会の設置と軍隊の急速な近代化が進む。1829年、メガリ・イデアの復活を掲げた大ギリシア戦争に勝利し、スミルナやニカイアといったかつての主要都市を含む北東の沿岸部を獲得する。1848年、諸国民の春の影響を受けたヨハネス憲法の改正により、選挙権付与制限の緩和、議会の権限の拡大など本格的な民主化が進む。1878年、第六次露土戦争に勝利し、サムスンを含めたアナトリア北岸を手に入れる。1912年、バルカン戦争にバルカン同盟側で参戦し勝利。南アナトリア沿岸部を獲得する。1914年、第一次世界大戦には連合国側で参戦。オスマン帝国解体後はアナトリア全域を手に入れ悲願の帝国復興を果たす。その後は安定が続くも、1920年代後半には世界恐慌に起因する国内不況が発生。その結果、ネア・クリマトドティッシ(新たな財政)と呼ばれる財政改革が行われることになる。これを支えたのは当時の与党ギリシャ国民運動とその党首にして首相マヌエル・アタドメディウス及び財務相アンティゴノス・グヴォベリリアスらであった。彼らはポピュリズムの風潮を広め、男女普通選挙を制定するなど改革を断行するなど、後の政治に影響を及ぼすこととなる。1939年から始まった第二次世界大戦では中立を表明し、結果として戦火を回避。戦中の兵器生産などにより工業化や都市化が進むこととなる。
1947年、工業系企業団体と与党ギリシャ国民運動の政治からの癒着が表面化したことに加え、与党内での首相テオドロス・ボッタリウス率いるプロカタボリや実業家出身のニコラ・アルマデウス率いる三月会、急進派のオルガノス・ディノシス率いる自由主義連合などの派閥間の対立が激化したことにより、政治の空転・混乱が広まることになる。その結果、9月に行われた選挙で与党は大敗。代わって野党第一党だった民主社会党が政権を握ることとなる。民主社会党政権のもとで高福祉政策が採られ、各種インフラや教育制度、労働者保護の制度、保険制度などが整えられることとなる。その後は小康状態に入り、対外的にも戦争がない安定した期間が続き国民の所得なども増大することとなる。しかし、1985年の選挙改革と民主社会党分裂から始まる二大政党制の崩壊により、霧の政治と呼ばれる政治的混乱が再び訪れることになる。この期間は1998年の自由党及び前進党による連立政権が誕生するまで続くこととなる。その後、何度かの政権交代を経て、現在は中道左派の社会自由党及び中道の未来党の連立政権が政権を担っている。
- 立法府
- 行政府
- 司法府
上院は6年ごと、下院は4年ごとに基本行われ、成人した男女に選挙権、25歳以上の男女に被選挙権が与えられる。中選挙区比例代表並立制を採用しており、各選挙区と比例区の重複立候補は認められていない。
国民の1/3がキリスト教(正教会系)、1/3がイスラム教(スンナ派)、残りがその他・無宗教という構成になっている。特にコンスタンティノープル総司教の宗教的権威は強く、モスクワ総司教やローマ教皇とも並ぶ権威を持っている。
ギリシア地方の大部分及びアナトリア半島の北東部〜南部の沿岸地方は地中海性気候であり、夏は暑く冬は雪が降る地域も存在する。黒海沿岸地方は温暖湿潤気候であり、年間を通して雨が多い。アナトリア半島中央部は大陸性気候やステップ気候などであり、寒暖差が激しく非常に乾燥している。アナトリア半島東部は亜寒帯気候に属しており、寒冷地である。
教育省が管轄しており、初等教育6年、前期中等教育2年、後期中等教育2〜4年、高等教育4〜6年となっている。義務教育は6歳から16歳までであり、無償化されている。詳しくはローマ帝国の教育制度?のページを参照。




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